第32話 吉野屋北千住店にて
「それで、それで、まっすぅはオサダ君に何て言われたの?」
杉山のでかい声が千住駅前の吉野家の中で響いていた。
「俺はね、お前は歌ってるんじゃない、叫んでるだけだぁって言われたよ。あと、サビを盛り上げるようにぃとかさ、ほんと、あいつ何様だってんだ」
僕とナオヤとドナは先日のオサダの愚痴を杉山にこぼしていた。
「ははは、いや、それ的確かもよ」
オサダがそう言って吉野家の味噌汁を飲んだ。杉山はかなりの猫舌で、たいして熱くもないその味噌汁を口に運ぶたびにいちいち「ッアチ」と言う。「ッアチ」と言えば熱くなくなるとでも思っているのだろうか。
「それで、ナオヤはエフェクター持ってかなくて怒られてたしね」僕がそう言うとナオヤはイライラした表情で杉山に愚痴をこぼした「エフェクター使うようなギターリストほどショボイんだよ。俺は逆にもう一生エフェクター使いまいって思ったね。あいつはクソだよ。クソ。馬糞だよ。バフン」
ナオヤはそう言って僕のカレーを横から箸ですくって勝手に食べた。
「おい、ナオヤ、俺がカレー食ってる時にフンの話をするな、ていうか俺のフンを勝手に食うな、俺のフン・・じゃなくて俺のカレーを食うな、フンの話は止めろ」
「吉野家で牛丼以外のものを食べるお前がおかしい。俺はおかしくない。オサダはおかしい。俺はおかしくない・・」ナオヤはブツブツとわけのわからない事を独り言のように言った。
ずっと黙っていたドナが「あの人、みたことある・・」と言って僕らの前で牛丼を食べていた少年を見た。
そいつは僕らと同じくらいの年齢のかなり美系で、となりに座っている偉そうなメガネをかけた大人と楽しそうに話をしていた。
「あぁ、見たことあるな、だれだっけあいつ・・・」ナオヤがそう言うと僕も見たことがあるような気がして、彼が誰なのかを思い出そうとした。すると杉山が言った。
「あぁ、あれはジャニーズのナントカって奴だよ。ほら今、金八に出てる」
「あぁ、そうだそうだ」僕とナオヤが大きな声をだした。
3年B組金八先生という20年以上続く人気シリーズのドラマの撮影は昔から僕らの地元、足立区で行われていた。舞台となっている桜中学校は、杉山の母校でもある足立区立第二中学校だ。
「明彦だ。明彦。」とドナが言った。「足立区が写るから、私、たまに見る。退屈なドラマね」と続けてドナがさり気なく毒を吐いた。
明彦役のその少年と隣に座っているメガネの男は、僕らが騒ぎ出したので、食べていた牛丼を残し、席を立とうとしていた。それを見たドナがあろうことか、声を荒げて、2人にこう言った。
「おい、そこの二人、牛丼がまだ残っているでしょ!最後まで食べてから店を出なさい。私の国の隣の国では、牛肉やお米を食べたくても食べれないの!そんないい加減なゼイタク、ダメ!」
二人は氷付いたように一瞬固まった。凍りついたのは二人だけじゃなく、店内にいたサラリーマン達と、店員と、僕ら3人も呆然としてしまった。日本語を流暢に話せるようになってからドナは母親のように誰かをよく注意するようになった。しかしドナの言葉には説得力があり、誰もがを納得させてしまう力があった。その力は絶大で、一度、席を立とうとした二人をまた再び座らせた。その光景を見て僕とナオヤは笑った。先日のスタジオでオサダに説教したドナを思い出したからだ。
「まあまあ、ドナさん落ち着いて、あ、そこの二人もすいませんね。。」僕が笑いながらドナと二人にそう言った。
メガネの男が席に着き、僕らに向かって一言小さな声で言った「あの、じゃぁ、今はプライベートな時間ですので、なにぶん、静かにしていてもらえませんでしょうか」続けて、少年も僕らに「すいません・・」と言った。いったい、どういう意味のすいませんなのかよくわからなかった。
「すっかり、スター気取りだな。俺達名前も思い出せないって言うのに。かわいそうな奴だよ」ナオヤが小さな声で僕らにそう言った。「だいたい、俺、金八先生ってドラマが気にくわねえんだよな。クソドラマだよ。クソ。フン。バフンドラマじゃ」ナオヤがまだそんなことを言っているとドナがナオヤに注意した。
「こら、ナオヤくん、そういうこと言うから、彼らがフユカイになるんだよ。」
「・・ハイ、ドナさん、すいません」ナオヤが少ししょんぼりして、僕のカレーを横から箸ですくって勝手に食べた。
「おい!てめぇ、フン食いたきゃ・・・じゃない、カレー食いたきゃ自分で注文しろよ!」
ナオヤは期待通りのリアクションをとった僕にハハハと下品な声で笑った。
「ドナさん、ナオヤはこんな事言ってるけど、実はこいつ金八を毎週欠かさず見てんだぜ」杉山がそう言うとナオヤは少し顔を赤くして言った
「違うよ!俺はドラマを見てるんじゃない。近所の堀切駅がよく登場するからそれを見てるんだよ!俺の愛する堀切を!」
アハハとドナが笑った。ドナの笑いを見て、僕も実は毎週金八を見ているなんて事を言うのをやめた。足立区人には不評のそのドラマも、実は皆こっそり見ているのだ。みんな地元が全国ドラマに写るのを楽しく見ているに違いなかった。
金八の明彦役のジャニーズ少年を発見してから話題がそれたことをナオヤが思い出し、こう言った。
「いや、もう、金八とか明彦とか、どうでもいいんだよ。今日俺が言いたいことは、9月の終わり、修学旅行前に、ユーコトロピアでライブをしようということだ。明日にでもジェリーに出演の交渉をしてこようと思うんだけど、いいね」
「いいけど、メンバーはどうすんだ?」僕がナオヤにそう聞いた。
「メンバーならここに全員いるだろがい」
ナオヤのその言葉に驚いたのは杉山とドナだ。
ドナはサポートだし、杉山はナオヤの仲介でフォーティーファイブというハードコア系の大学生バンドに加入したばかりだった。
「頼む、杉山、俺が移籍させといてスッゲー勝手だとは思ってるんだが、戻ってきてくれ!オサダじゃダメなんだ。っていうかお前じゃなきゃアカン!」ナオヤが吉野家のカウンターに手を付いて杉山にそうお願いをした。
「ああ、いいよ!やろう、やろう」杉山は意外にあっけなく、そう言った。「退屈だったんだよね。あいつら、練習ばかりして、一向にライブする話しないんだ。音楽もつまらんし。サピエンスのが全然楽しいからね」
「ありがてぇな杉山様!じゃぁ、フォーティーファイブのみんなには俺から話をしとくよ」
ナオヤがそう言うと杉山は男らしいことを言った。「そんなことすんなよ。やめるのは俺なんだから俺が言うわい」いつもパッとしない杉山が始めてかっこよく見えた瞬間だ。かっこいい杉山はさっきまでチビチビ飲んでいた味噌汁を豪快に一気に飲み干し、いつもの「ッアチ」と言う変わりこう言った。「え~い、ぬるいわい!」
「ドナはいいの?正式メンバーだよ!サポートじゃなくて、ライブもやるんだよ。デモテープもドナの演奏で録るんだよ。いいの?」僕はドナにそう言った。
「やりたいよ、でも、だったらカズノリくんでいいんじゃないの?」とドナが言った瞬間、僕とナオヤは声を揃えて言った「いやいやいや!」
「ドナさんみたいな人がメンバーに必要なんだ」とナオヤ。「ドナじゃなきゃヤダ!ドナがやらなかや俺もやらん」と僕。
「う~ん」と一瞬、将来先のことを考えたドナが悩みだした。「ドナさんみたいな美人なベーシスト、日本中探してもいない!」とナオヤ。「アホかナオヤ、世界中探してもいねえよ!っつか銀河系中探してもいない。NASAもビックリだよ!」と僕。ナオヤは渋るドナをおだてただけかもしれないが、僕は本気だった。
しかしドナはそんな言葉に揺らぐような安い女じゃなかった。表情一つ変えずにまだ「う~ん」と悩んでいる。
「そんな、難しく考えないでよ。俺らだって将来のことなんか考えちゃいないよ。ただ今、現時点で一番楽しくやれるメンバーとやりたいだけなんだ」と横から杉山が良いことを言った。
「そう、そうだ、そうなのよ」と僕が杉山の意見に便乗した。
「ま、いっか。じゃぁ、やろう」と、ついにドナがメンバー入りを了承した。
その瞬間ナオヤは「ありがとう!」と言って、僕は「マンセー!」と叫んだ。急な僕のハングルにドナが笑った。そして僕はもう一度「マンセー!」と叫んだ。
店内にいたサラリーマン達と、吉野家の店員と、ジャニーズの少年と、その隣のマネージャーらしきメガネの男が「こいつらいったい何なんだよ?」という目で僕らを見ていた。
僕らが吉野家を出る時、僕はジャニーズの少年に声をかけた。「じゃあな、金八。俺達、実はこっそり毎週見てるからな、ハハハ」
「おい、まっすぅ、そいつは金八じゃなくて明彦だよ。じゃあな、明彦、お前も出世して早くスマップやトキオみたくなれよ、ハハハ」とナオヤが言って、僕らは吉野家を出た。
明彦はかなり迷惑そうな顔で「・・どうも」と言い頭を下げた。
店を出て歩きながらナオヤが言った「あいつはダメだな。あそこで、ハイ!頑張ります!って言わなきゃ。何だよ、どうもって」
「ハハハ、ナオヤ、あいつはスマップやトキオみたくなれいよ、かわいそうなこと言うなよな、まったく」と僕が言った。
「ま、応援してあげようよ。名前、何ていうんだっけなぁ、ここまで出てるんだけど、鶴とか、亀とかそんなような字が入ってた名前だったんだけど、なんだっけなぁ」と杉山。
「いやいや、名前なんて言われても知らねえから、ってかなんでお前そんなジャニーズに詳しいんだよ、気持ちわりいな」とナオヤ。
杉山は、さっきのナオヤのように顔を赤くして言った「違うよ!俺は別にジャニーズに詳しいわけじゃないよ!我が母校が舞台の3年B組金八先生ってドラマに詳しいだけだよ!」
続けて杉山が言った「あ、そうだ思い出した!」
「何を?」とドナが聞いた。
「いや、だからさっきの明彦役の奴の名前、えっとね、亀梨っていうんだ」
「売れなさそうな名前だな」と僕が笑った。
「インパクトない名前だな」とナオヤが笑った。
「まぁ、あの顔じゃ売れないわな」と杉山が笑った。
「どうでもいいわよ」とドナが笑った。
次号、「第33話 運命」に続く・・・
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