第34話 沖縄 占領下の夜
ドナという新しいメンバーを加えて、僕らのバンドは心機一転生まれ変わった。そして、9月の終わり頃、地元のライブハウスのユーコトロピアでその姿を初めて披露した。
その数日後に僕は高校の修学旅行で沖縄へと旅立った。
いや、無事、沖縄に「旅立つことができた」と言うべきだ。
話は、あの日の御茶ノ水の夜にさかのぼる。ドナが始めてサピエンスのライブを見に来てくれた日だ。
ライブの打ち上げをした居酒屋で、ドナは「沖縄に憧れている。いつか行ってみたい」と言っていた。そこで僕は是非、沖縄に行って、ドナにたくさんのお土産話と、沖縄の写真をプレゼントしようと決めたのだ。
しかし、修学旅行で沖縄に行くには生徒投票でもう一つの候補地、北海道に勝たなくてはいけなかった。修学旅行の行き先を生徒の投票で決めるなんて青地高校独特の変な制度だ。
僕は全部のクラスを回って聞き込みをし事前調査をした。その結果に僕はあせっていた。北海道に行きたいという奴らが思っていたより多数いたのだ。その数、ちょうと全学年の半分くらいだった。事実、僕もドナの話を聞くまでは北海道派だった。うにやイクラやカニやジャガイモなどのグルメや、アホみたいに自生していると噂の道産子大麻、ムツゴロウ王国で馬にも乗りたかった。
しかし、ドナの為にも、というより自分自身のためにも修学旅行には沖縄に行かなくてはならなかった。今のまま生徒投票を行えば、修学旅行の行き先は北海道になるかもしれない。僕は悩んだ。どうすれば北海道派を沖縄派に変えるか。2年生の生徒の数はだいたい200人ちょいで、その半分の100人くらいが北海道派だった。
そこで思いついたのが、北海道に関する悪い噂を流すことにした。
まず僕の身近な奴から噂を流し、倍々ゲームで北海道の悪い噂を全学年に広めることにした。
「おい、タイラ、タイラ」僕が最初に狙った北海道派はタイラだ。タイラは学年の人気者だし、何よりも彼はお喋りだ。
「おい、タイラ、タイラ、もし、修学旅行が北海道になったら最悪だぞ」
「え?なんで?」
「イクラやカニってものスッゲー高いらしいぞ。とてもじゃないけど金がもたねえよ。それに俺達みたいな観光客が買えるのは全部ロシア産だって」
「え?そうなの?安いだろ、東京より。それにロシア産って。嘘だろそりゃ」
「アホか、そんな事も知らんのか?俺のオヤジの実家は北海道なんだよ。地元人知らない事実なんだ。観光客にはボッタくるんだ。しかもロシア産をね。なんていうか、アイヌ人ってそういう民族なんだって」もちろん嘘だ。だいたい、僕のオヤジの実家は静岡だ。僕は続けた「それにお前、北海度には大麻が自生してるって思ってるだろ?」
「あぁ、有名じゃん。みんなで大麻刈りに行って、パーティーしようぜ!」
「はぁぁ・・」僕は首を横に振ってため息をついてみせた。「お前は大麻をわかってない。大麻を刈ったところで、それを吸えるまで何日乾燥させなきゃいけないと思ってるんだ?1ヶ月だぞ。1ヶ月。すぐに吸えるわけじゃないんだ。乾燥させてない大麻なんて効果は無いし、肺をやられる」これは本当だ。
「へ~、そうなんだ。じゃぁ、持って帰るしかないな」とタイラは残念そうに言った。
「持って帰る?どこに?東京にか?おい、タイラ何言ってるんだ。冷静に考えろよ。そういう考えの奴が北海道で大麻を刈って、持って帰ろうとして年間何人がパクられてると思ってるんだ?北海道のサツもバカじゃねよ。まあ、フェリーで持って帰るなら話は別だが、俺達は飛行機に乗るんだぜ。タイラは飛行機に乗ったことあるか?」
「ない。俺は最高で京都までしか行ったことが無いんだ。飛行機は乗ったこと無い・・」とタイラは言った。
「いいか、空港ではX線やら麻薬犬やらで乗客の荷物なんてぜ~んぶ見られるんだ。飛行機で大麻を持って帰るなんて無理だ。つまりどういうことか。北海道に行けば大麻を自由に手に入れるなんて無理だって事だ。」僕はさらに続けた「それにムツゴロウ王国なんてただの牧場だ。マザー牧場以下だ。日本ガッカリスポットの上位だ。あんなとこ行ってもちっとも楽しくないよ。それにムツゴロウは東京住まいだっていうしさ。」ムツゴロウ王国がガッカリスポットかどうかは知らないが、ムツゴロウが普段は東京に住んでいるというのは本当だ。そして僕はトドメをさすように言った「夏の北海道はいいかもしれない、でも俺達が行くのはいつだ?10月の終わり、11月の始まりだぞ。クソ寒いぜ。外で遊ぶなんてまさに地獄だぞ。みんなバスやホテルから出たがらない。そこで、あぁ沖縄に投票しとけばよかった~なんて思ってももう遅い。沖縄はどうか、10月でも、いや11月でも沖縄ではまだ夏だ。全然海に入れる。トロピカルだぞ~。どこまでも青い空、エメラルドグリーンのサンゴの海。耳をすませばどこからともなく聞こえてくる三線の音、採れたてのマンゴー、街に出ればMAXやスピードのような沖縄美人がウジャウジャいて、米兵から大麻も買える、今すぐに吸える大麻だ、それに沖縄にか花粉はない。北海道のように風邪をひくこともない。」
「おい、まっすぅ、そりゃ、どこをどうとっても沖縄の方がいいな」
「当たり前だ。地獄に行くか、楽園に行くか。答えは簡単だ。でもそんな簡単なことをわかってない奴が多すぎる。悲しいことだと思わないか?タイラ、今度の投票までにできるだけ多くの奴に、沖縄に投票するべきかを教えてあげようじゃないか」
「そうだな。北海道に行くことになったら大変だ」
タイラが純粋で、しかもみんなの人気者で、ペラペラ何でも言うお喋りでよかった。タイラのおかげですぐに学年中の意見が「沖縄に行こう」という雰囲気に変わった。伝達途中で僕のところにも「まっすぅ、今度の投票は沖縄にしたほうがいいぜ」なんて意見が飛んできた。
この時点で夏休み前の生徒投票の結果はわかっていた。沖縄は北海道に勝ったのだ。
僕はインスタントカメラを4個持って、沖縄へ降り立った。
沖縄は予想以上に楽園だった。ドナが憧れる気持ちもわかるような気がした。
しかし沖縄二日目の夜に、僕はある敗北感を味わうことになった。
二日目の夜、僕と、学年リーダの金田と、親友のナオヤと、ジャンキーの高林と、モデル美人のカヤと、ギャルの小野ちゃんの6人は教師のすきをついて、宿舎のホテルを抜け出した。
そしてホテル近くのレンタルバイク屋で原付を4台レンタルした。免許を持っていないカヤは金田の後ろに、小野ちゃんはナオヤの後ろに乗って、僕らは夜の沖縄の街を走った。
この時期でも沖縄ではTシャツと短パンでも全然暖かかった。
みんな「フォー!」なんて雄たけびを上げながら、本当に気持ちが良かった。僕らは自由をかみ締めた。
ただ一つ、僕が不満だったのは、僕の後ろに学年一美人のカヤが乗っていなかったくらいだ。カヤは恋人のタッチャンを事故で失ってから、ずっと精神をやられていたが、その間ずっと金田は励ましのメールを送ったりしてカヤを元気付けていた。そうしているうちにいつしかカヤの心は金田に向かっていたのだ。カヤは金田の腰に腕をまわし、本当に幸せそうな顔をしていた。僕はなんだかんだ言って、カヤの幸せそうな顔を見ると「あぁ、元気になって本当によかったな」と心から思えた。
ホテルのあった那覇から国道58号線を北上していくと、いつしか沖縄的な雰囲気の町並みからアメリカ的な町並みへと変わった。嘉手納に着いたのだ。嘉手納といえばアジア最大の米空軍基地がある所だ。
夜で暗くてよく見えなかったが、どこまでも続く鉄格子と、そのなかの米軍基地がうっすら見えた。その中の飛行機は旅客機ではなかった。戦闘機だ。
みんな「わぁ、かっこいい~」なんて言って声を上げた。僕も目を輝かせて米軍基地を眺めていた。この時はまだ、そこがテーマパークくらいの感覚にしか思っていなかった。
基地の向かいの通りに、小さい日の丸とでかい星条旗が飾られネオンが綺麗に輝くバーを見つけた。「飲んでこう」とナオヤが言ってみんな賛成した。僕はどうせ酒は飲めないし、いつまでも米軍基地を眺めてたかったが、シブシブみんなとそのバーへと行った。
バーの扉を開けた瞬間、みんなの足が一瞬止まった。
狭いその店内はアメリカ人であふれていた。あるものは迷彩服を着ている。当然だがみんな嘉手納の米軍兵だ。そこは米軍兵ご用達のバーだったみたいで、「なんか場違いじゃない?」とカヤが言って「他のとこ行こうか」と小野ちゃんが言った。
「なんでだよ、いいじゃんここで」と金田が言って、奥にいた日本人のマスターに「あいてる?」なんて聞いていた。金田は常に堂々としている。僕も、一度入りかけて、出て行くのは嫌だった。ここは日本だ、日本人の俺達がアメリカ人に遠慮するなんてシャクだった。
「適当なとこにどうぞ~」と日本人の店員が言って、僕らは席に着いた。何人かの米兵は僕らをジロジロみたが、ほとんどは気にもしてないようだった。観光客が紛れ込むことは珍しくないのだろう。
メニューは英語で書いてあったし、金額には円のほか、ドルでも表示されていた。英語の得意な金田は皆にメニューに何が書かれているか説明していた。
せっかくの金田の説明もむなしく、みんなはビールで、僕はコーラを注文した。
「何か映画の中にでてくるみたいなとこだね」とカヤが興奮気味に言っていた。ナオヤも高林も小野ちゃんも、みんなソワソしながら、このグローバルな雰囲気に興奮していた。その中で金田だけは落ち着いていた。金田は高校生にして何度も海外に行っていたし、外人の友達もたくさんいた。まわりが外人だらけだろうと何とも感じないのだろう。
僕はというと、店内に入ってからずっと惨めな気持ちでいた。ここは日本なのに、すっかりアメリカ人に占領されていたことが悔しかった。この店の光景は日本は戦争に負けたんだ、とういう事実を痛感させられた。僕は楽しめなかった。
店の奥の、ある光景を見て、僕の惨めさは敗北感へと変わった。
そこには一人の日本人女性がいた。少し朝黒い顔で、黒髪の美しい女性だった。その女性は黒人の米兵に肩をまわされ、イチャイチャしていた。たくさんのアメリカ人と、そのなかで黒人にイチャつく日本人女性。その光景は、アメリカと日本の関係を象徴しているように見えた。
それは戦争の勝者と敗者の関係を僕に実感させた。
僕は声に出さないで呟いた「なんだよ、日本はアメリカの植民地じゃないか・・・」
日本はアメリカに占領されていたんだとういう当たり前の事を改めて思い知らされた気分だった。日本は長い歴史の中で、一度たりとも、他国に侵略された経験がない。だから、他国に侵略支配されるということがどういう事なのか実感としてわからないし、対応の仕方もわからない。
侍文化の経験から、ただただお上の、つまりアメリカの言われるがまま、その命令に従う事しかできないのだ。
だからこそ僕はその黒人をにらみ続けた。少し恐かったが、それでも僕は植民地の国民であることが我慢できなかった。
アメリカがなんだ!っという気持ちと、それでもやっぱりアメリカにはかなわないという諦めが僕の頭の中を支配していた。
アメリカにはエルビス・プレスリーがいる。日本には誰がいる?北島三郎か?ダサい。ダサすぎる。日本には石原裕次郎がいるが、アメリカにはジェームス・ディーンがいるのだ。
プレスリーは幼き頃、ピアノの上に乗ってダイナミックに賛美歌を歌うある牧師の姿を教会で見て、音楽に目覚めたという。少年、プレスリーにはその牧師はさぞかしかっこよく見えのだろう。それがアメリカだ。日本のお坊さんが木魚に乗って「なんみょうほうれげきょ」とお経を唱えたとしても、そんな光景はアホらしいだけだ。
女性に対する価値観一つとってもそれは言える。アメリカでは胸が大きく、ぷっくらとした唇で厚化粧のマリリンモンローの様な女性に男の視線が集まる。日本じゃどうだ?日本を象徴する街、秋葉原ではアニメの中の、ちょっとおドジなか弱いヒロインの女の子なんかがよくお似合いだ。日本なんて、まったくのお笑いじゃないか。
日本では、貧しく惨めでも、それでも一生懸命に生きるある少女を描いた‘おしん’というテレビドラマが大ヒットしたが、アメリカでは敵をバッタバッタとやっつける無敵のスーパーマンが大ヒットした。
アメリカでは強いものこそ英雄なのだ。アメリカは正義で、アメリカに逆らうものが悪、これがアメリカの価値観だ。
日本のそのながい歴史の中で育まれた文化ですら、アメリカのプレスリーやジェームス・ディーンやスーパーマンやマリリンモンローのような強い文化の前では何一つ手も足も出せない。
どうあがいたってアメリカの勝ちなのだ。
アメリカが日本を守っている。しかし、一方で、アメリカは北海道には一切基地を置いてない。なぜだ?北海道の一つくらい旧ソビエトにくれてやってもいいっていう考えだからだ。アメリカは日本の為に日本を守っているわけじゃない。東アジアの中でのアメリカという存在を守っているのだ。日本人の事なんて屁にも思っちゃいない。
いくら日本の自衛隊が力を付けようとも、それが米軍以上の力になることは、アメリカ支配が続く限りありえない。侵略国家が、植民地に対して自分の国を超えることを許す事などありえないからだ。
確かに戦後、日本円は力をつけた。しかし、それはただ日本を惨めな国にしただけだ。日本は円を持ってでなければ世界と話しもできなくなった。日本は外国に通用する真の言葉を持つことができていない。
「ねぇ、さっきから、なんであの二人をジロジロ見てるの?」小野ちゃんが僕にそう話しかけた。
「見てるってか、にらんでんだ。ムカつくんだよ、あれを見てると。っていうか、なんだかスッゲー惨めな気にさせられるよ。そう思わないか?」
「えぇ?何で、イチャイチャしてるから?いいじゃない、恋愛は自由っつうか、まっすぅがムカつく事じゃなくない?」小野ちゃんがそう言い、カヤが続けた「日本人の女の子が外人にとられるのが嫌なの?」
「違う。そんな事じゃないんだ。ここが六本木なら、いくらでもああやってイチャつけばいいさ。ってか俺は別にあの二人にムカついてるんじゃないし。」
まったく、何もかもが惨めだ。おまけに、小野ちゃんもカヤも、何もわかっちゃいない。いや、むしろその方がいいのかもしれない。
僕はそのとき目の前で米軍兵に肩をまわされている日本女性を見るまで、他国に侵略されるという事がこんなにも惨めな事なんだと知らなかった。
そもそも、日米戦争なんてとっくの昔にけりがついた事だと思っていた。一つの昔話くらいにしか思ってなかったし、アメリカが日本を侵略しているなんて実感としてこれまでまったく考えもしなかった。
その時、黒人が僕の目線に気付き、こっちをその大きな目でジロっと見た。僕は少しビビり、一瞬目線をそらそうとしたがやめた。目をそらすというのがいかにも今の日本を象徴する行為に思えたからだ。
黒人は言葉を発しないで、その太い腕をまっすぐ僕の方に向け指をさした。
アメリカ人のジェスチャーなんて意味がわかんないが、その指さしは「おい、そこのジャップのガキ、ジロジロ見てるとぶっ殺すぞ」という意味だろう。
僕は黒人を見るのをやめた。そのかわり一度「チッ」と舌打ちをしてやった。
そのやりとりに高林が「おい、まっすぅ、何やってんだよ、やめろよ」と小さな声で言った。
すでにすっかりビールで酔いかけていたナオヤが冗談混じりに言った「ハハハ、いいじゃないの、おい、まっすぅあいつ殴ってこいよ、そしたらお前英雄になれっぞ」
「もぅナオヤ君、へんなこと言わないでよ~」とカヤが言って、「絶対、そんなことしないでね、うちら簡単にボコボコにされちゃうよ」と小野ちゃんがまじめな顔で言った。
ナオヤ同様に、酔っていた金田が言った「まぁ、たとえあいつが俺たちの挑発に乗ったとしたても、まわりが止めるだろうよ、だってあいつら軍人だぜ。そんなくだらねぇもめ事を起こしたいなんて考えないよ」
金田にはアメリカ人の友達もいるし、英語も喋れる。どちらかといえばアメリカ人的価値観を一番理解している。
そんな金田に、植民地に住む国民の惨めさをどう考えているのかを聞いてみたかったが、やめた。
そんな話題はこの場の空気を悪くするだけだと思ったからだ。
今、僕達は沖縄旅行を楽しんでいて、みんなは楽しく酒を飲んでいるのだ。僕が一人、その惨めさと敗北感を噛み殺しいればいいだけだと思った。
会計を済まし、店を出るときに金田が僕に話し掛けた。「なぁ、まっすぅ、あいつらに何か言いたい事あんのか?」
「え?」僕は金田の質問の意味がわからなかった。
「だって、お前、すげーあいつらにケチつけたくてしょうがねえって顔、ずーとしてたぜ。米軍兵に直接文句言えるチャンスだぜ。まっすぅ英語できないだろ?俺がかわりに言ってやっからさ」
高林が靴の紐を強く結んだ。こいつはなんかあったら一目散に逃げようって考えだ。
僕は「そうだなぁ」とニヤっと笑い金田に言った「お前ら、強くてデカイからって、何でもかんでも勝てると思うなよ、と。弱くてちっこいやつがいつも負けると思うなよ、と。アメリカはいつか痛い目にあうぞ、と」
金田は「OK」と僕に言い、米軍兵に向かって英語を喋りだした。思ってたよりもでかい声だった。金田もそうとう酔っていた。
高林はクラウチングスタートの様なポーズをとって今にもダッシュで逃げ出そうとしている。ナオヤはゲラゲラ笑っているし、小野ちゃんとカヤは呆れている。
金田の発した言葉に、ある者は「ハッハッハ」と笑い声を出し、ある者は口笛を吹いて小馬鹿にしたり、「サヨナ~ラ」と言う者もいたし、シッシッというジェスチャーをする者、馬鹿にして拍手をする者や肩をすぼめて「何ほざいてんだか」と呆れる者。無視する人はいなかった。みんなが何だかのリアクションをとっていた。
コミュニケーションとはこういう事なのか。と僕は思った。例えそれが相手をののしる内容であってもだ。金田のような人間は世界のどの国でも通用する。と、僕はその時そう思った。逆に、英語が喋れないばっかりに、言いたいことのひとつも言えない自分はとても弱い存在なのだと実感した。
金田の言葉に店内のみんながリアクションを取ったのが面白かったのか、あろうことか酔っ払いナオヤは「ファッキュー!センキュー!二ガー!二ガー!二ガー!」と叫んでダッシュした。僕も金田もカヤも小野ちゃんもダッシュした。当然のように高林はすでに原付にまたがり、今にも発進しそうな勢いだった。みんな小学生の頃にピンポンダッシュで遊んだときのことを思い出していたに違いない。
みんな「アハハー!」なんて言いながら原付を走らせていたが、僕だけはまだ敗北感と惨めさに支配されていた。「アメリカという他国に侵略されて、なんでみんな何とも感じないんだろうか」と僕は一人ボソボソ言いながら原付を走らせた。それと同時にプレスリーやジェームス・ディーンやスーパーマンやマリリンモンローのような文化を持てるアメリカをうらやましく思った。
そんなこんなで、僕の心はすっかりアメリカ文化の強さと、それにどうあがいても勝てない日本文化の弱さと、他国に支配されるということの惨めさをいだいたまま、楽しいはずだった沖縄の修学旅行を終えた。
「まっすぅ、おかえり、うわ、黒いね!」久しぶりにカラオケスタジオにバイトしに行くとドナがそう言って僕にお帰りと言ってくれた。
「ハハハ、黒いだろ?楽園でさ、すっかり日焼けしたよ」
その日、カラオケスタジオにはブーちゃんという邪魔者がいたので、いつものように僕とドナはカラオケルームに入った。そこで僕はできるだけ楽しい思い出だけをドナに話した。アメリカの話なんてしなかった。
沖縄のそのトロピカルな南国の気候と信じられないくらい綺麗だった海などの風景の話。タコライスという沖縄料理が僕にとって今まで生きてきた中で一番おいしい食べ物だったという話。沖縄のおじぃ、おばぁがかわいらしくてとても親切だったという話。外国語のように聞こえた本場の沖縄方言の話。沖縄人の顔が濃くて、東南アジアの人たちみたいだったという話。サトウキビ狩体験をした話。沖縄の海で妙な色の魚を釣った話。3日目にクリントン大統領も利用した超高級ホテルに泊まった話。そのホテルでスクリュードライバーというカクテルを調子に乗って飲みまくり記憶を失った話。沖縄楽器の三線の音色が素晴らしかったという話。
沖縄で採った90枚もの大量の写真をドナにあげた。そしてお土産にチンスコウという沖縄のお菓子と、コーレグースという沖縄の唐辛子の調味料と、海人とかかれたTシャツと、星の形をした綺麗な沖縄の砂と、シーサーという沖縄の守り神の置物と、沖縄民謡のCDをドナにあげた。
ドナは素直に感激してくれた。
「わたしね、もう、絶対に行くよ、沖縄には、そんな素敵だなんて。それにこんなに素敵なお土産、これ宝物だよ」
僕は嬉しかった。沖縄に行けた事そのものより、その話とお土産に目を輝かせてくれたドナを見られたことが何よりも嬉しかったのだ。
ドナは僕からもらったばかりの沖縄民謡のCDをカラオケルームに流した。
「優しい音だね。とてもリラックスする」と言って目を閉じた。
「ドナ、沖縄に行くときは俺も連れてっておくれよ」僕は沖縄民謡に聞き入っていたドナに言った。
「あたりまえ。一緒に行こうね」とドナが優しく言ってくれた。
その日、僕とドナは出会ってから2回目のキスをした。スピーカーから沖縄民謡がのん気に流れていた。その瞬間、一人の日本人の男は、美しい韓国人の女と愛しあえることで、それは誰の支配もうけることもなくて、人を好きになるという事が限りのない自由なのだという事を感じた。そのキスは少しもいやらしいものではなく、まるでアメリカ人のように軽いキスだった。
カラオケルームから出て、帰る前にブーちゃんにお土産を渡すのを忘れていたので、僕はブーちゃんのためだけに特別に買ってきたお土産をあげた。
僕があげたお土産に「増山くん、なにこれは?お菓子?」とブーちゃんは聞いてきたので僕は答えた、「そう、沖縄のビーフジャーキーみたいなもんで、お酒のつまみにいいらしいっすよ」
そして、いつものようにドナと“幸せ街道100万号線”を通って帰っているときにドナが僕に聞いてきた「ねぇ、福原さんにあげた、あれ、何?」
「ああ、あれはね、ミミガーっていって、ブタの耳だよ。ブーちゃんにピッタリなお土産だと思ってさ、アハハ」
「・・あら・・ひどい・・人は少しお肉ついてなきゃダメだよ。まっすぅは痩せすぎてる」
「うるさいな、パンクスはガリじゃなきゃいけないんだ」
「誰が決めた?」
「ロットンやシドがそう決めたの。ドナだってガリじゃないか」
「違うわよ。私はマリリンモンローのようにグラマラスになりたいもの」
「あっそう。でも俺はスーパーマンみたいにマッチョにはなりたくないさ」
「誰もスーパーマンの話なんかしてない・・・」
「マリリンモンローっていったらスーパーマンさ。あと、プレスリーね」
「・・・まっすぅ、いったいなに言ってる?」
「さあなんだろうね。あ、プレスリーはさ、ドーナツ食いすぎて死んだんだ。まったくアホでマヌケだよな」
「え?まっすぅ、プレスリー大好きでしょ?嫌いなの?」
「大好きに決まってんじゃないか。大好きだからこそ、ちょっと悔しくて、惨めで・・・」
「ハハハ、さっきから何言ってるか、全然わかりませんよ。ハハハ」
「ハハハ、ファッキュー!センキュー!二ガー!二ガー!二ガーだ!」
次号、第35話に続く・・・
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