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2006年11月14日 (火)

第31話 夏の魔法

僕は夏が好きだ。夏は魔法使いだからだ。僕は夏だけに起こる奇跡をいつでも待っているのだ。

綾瀬駅前の裏通りにひっそりとたたずむ小さなビル群の一角に、スタジオREDはある。地元の小さなリハーサルスタジオだ。

ザ・サピエンスのメンバーも、みんな普段は何でもないただのヤンチャな下町の高校生だが、楽器という名のロックの武器を手にするとき、僕らは変わる。時にそれは学校の汚い部室の中で、時にそれは混沌としたライブハウスの中で、そして時にそれはスタジオREDの中で起きていた。僕はナオヤ、カズノリ、杉山、このいつもの三人といるとき、広い広いこの世界に向かって右手で中指を突き立て「ファックユー!」をして、左手でピースマークを突き立て「ラブ&ピース」と叫ぶことができた。

しかし、8月のこの夜に夏が使った気紛れな魔法は、いつもとは違っていた。

この夜、見馴れたスタジオREDの前に集まっていたのは、杉山でもカズノリでもなかった。そこにいたのは新しくドラムで加入することになった元S☆GOのオサダと、カズノリの後釜が決まるまでベースをサポートしてくれることになったドナの二人だった。ナオヤはまだ来ていなかった。

この日、ほとんど初対面のオサダがいることで、僕は会話に困っていた。ベースケースを背負ったドナもオサダにかける言葉を探しているようにみえた。初めに話し掛けてきたのはオサダの方からだった。「ナオヤくんから君たちの曲のデモテープ聞いて練習してきたよ。いやぁ、久々のバンドだけど、俺もバンド辞めて暇だったからナオヤくんに誘われた時は正直嬉しかったよ。宜しくね、増山くん」「あ、まっすぅでいいです。宜しくお願いします。」オサダは背が低くタイのキックボクサーのような体系をしている。オサダはドナの顔とドナの背負っているフェンダーのベースケースをチラッと見た。そしてオサダはドナに「よろしく」と言って拍手をしようと片手を出した。「あ・・、私、サポートで来たドナです。韓国の留学生です。ヨロシク」そう言ってドナはオサダの握手には答えず、ペコっと軽く会釈した。握手を拒んだドナは僕の方をみてニコっと笑った。僕はその笑いの意味が良くわからなかった。

遅れて愛車のモンキーをブンブン鳴らしながらギターケースを背負ったナオヤがやって来た。「あ、オサダさん、どうもどうもヨロシクです!あドナさんも来てくれてありがと!」ナオヤは自分が集めた新しいバンドに対して無邪気にワクワクしているように見えた。

REDの受付でドナは会員証を作った。初めて入る日本のスタジオにドナは興奮していた。マーシャルのギターアンプ、アンペグのベースアンプ、ボーズのスピーカー、それにヤマハのドラム、ドナはその全てを触り、素直に感激していた。そんなドナにオサダは「ドナさん、ドラムは叩いたことある?ちょっと叩いてみなよ」と使い古した自分のスティックをドナに差し出した。オサダはドナに好意があるように見えた。オサダにスティックを差し出されたドナは「・・いい」と冷たく言って自分のベースの用意を始めた。ドナはオサダを好きになれないように見えた。オサダはどちらかと言えば清潔な美男子だが、女性が男性に対して、さしたる理由がなくても本能的に避けたくなることはよくある。ドナは本能的にオサダを、避けるべき人間だと判断していたのではないか。さっきスタジオREDの前でオサダの握手を拒否した後、僕に笑ってみせたとき(こいつ、なんか嫌~い)と心の中で僕に言って苦笑いしていたのかもしれない。

オサダとドナの微妙な距離感で、早くもこのメンバーに不穏な空気が漂い始めていた。その空気を察したナオヤがいつものようにバンドを仕切りだした。「とりあえず何か音合わそうか。え~と、じゃあ・・え~と・・何がいいかなまっすぅ?」「えっ?俺に聞いた?ええ~、んじゃ、ジョニーBグッドでも」

意外なことに、このギクシャクしたメンバーがやるジョニーBグッドは最高だった。ドナのベースも個性的だったし、オサダのドラムもみんなをまとめていた。

問題はその後やったオリジナルだった。

ナオヤは前もってオサダとドナにサピエンスで作ったオリジナルのデモテープを渡していた。そのデモテープの中でドラムを叩いているのは杉山だし、ベースを弾いているのはカズノリだ。ドナはテープの中のカズノリの作ったベースラインに忠実に弾いてくれたが、オサダは杉山のドラムをかなりいじり直してきていた。メンバーが変わったのだから当然、演奏も変わる。それはいいのだが、オサダの独裁的なワンマンにはそれまであった楽しさを削ぐものに思えた。

「ナオヤくぅん、もっと音をはずませてよ!アンプだけじゃなくてエフェクター使って。色がないんだよ、色が」「ドナさんも、ルートばかりドドドってやってないで、もっとベースの展開を気にして。ベースのメロディー、わかる?メロディー」「増山くんもだよ!?サビもAメロも同じ歌い方じゃないか。もっと盛り上げるようにさ。ずっと棒歌いじゃないか」べつに今までのサピエンスでもそういった意見の飛ばし合いというのはよくあったのだが、オサダが一人威張り散らして指図していると気分が悪かった。

それでも僕とナオヤは「まぁ、そういうやり方もありますが」という前提でオサダと意見をかわしながら演っていた。しかし、誰よりも先にイライラの頂点に達してしまったのはドナだった。

ドナはいつか僕に韓国の社会的な習慣を話してくれたことがあった。それは、韓国では、年上の人間を非常に尊重する、という事だ。そんな習慣で育ったドナが自分より一つ年上のオサダにこう言った、「あのね、あなた二人の顔みてごらん。つまんなそうでしょ、楽しくなさそうでしょ、なぜか?あなたの指摘が的外れだから。テキカクじゃない。わかる?私の日本語」突然冗舌に説教しだしたドナにオサダは目を丸めて「あ、はい・・」と情けない声で答えた。そしてドナは続けた、「良いものを作りたいという、あなたの気持ちは正しいよ、でも方法が違う思わない?まっすぅやナオヤくんが作った曲は凄くシンプルです。素朴って言うのかな。例えば日本料理。韓国料理や中国料理みたいにたくさんの調味料使わない方がいいの、味付けは塩だけとか、醤油だけとか、そういうものだと思う、二人の作った曲はそういうもの。わかる?そっちの方がおいしいの。二人ともそれを知ってる、だからあなたの指摘はつまらない事なの」

ドナの言葉にオサダばかりか僕もナオヤも聞き入ってしまった。そしてその時、僕もナオヤも頭の中で、ある2つの共通の決断をしていた。オサダには辞めてもらおうということと、ドナを正式なメンバーにしよう、ということだ。

この夜、夏の魔法はそれまで眠っていた巨大な天使を目覚めさせた。その天使は世界で一番美しいベーシストだった。

次号、「第32話 吉野屋北千住店にて」に続く・・・

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2006年11月10日 (金)

第30話 新たな機関車

横浜でのライブを最後に僕らのバンド、サピエンスは分解してしまった。夏休みのはじめ頃、ナオヤとカズノリと杉山で決めたことだった。僕だけが誰からも何も聞かされていなかった。僕もサピエンスのメンバーだ、急に「はい、今日でメンバー解散」と言われて納得できるほどの他人事ではなかった。

ナオヤには考えがあった。前にユーコトロピアという地元のライブハウスの支配人、ジェリーから「改革が必要だ」と言われ、それからナオヤはずっとメンバーの入れ替えを計画していたのだ。ナオヤは僕の性格をよく知っている。新しいバンドの形がちゃんとできた段階ではないと僕が「バンドなんてやめてやる!キー!」と言いだすのではないかと心配していたのだ。実際、横浜ライブの打ち上げで僕はずっと一人ですねていた。

ベースのカズノリは同じ足立区の淵江高校軽音学部キャンデイ・ブロックスという人気バンドに加入した。サピエンスとキャンデイ・ブロークスはスタジオREDや地元のライブハウスでも何度か顔を合わせた事があり、お互いをよく知っている。キャンデイ・ブロークスのボーカルでもありバンドリーダーの小川という奴はカズノリのベースを気に入っていて、メンバー入れ替えを考えていたナオヤはその話をカズノリに持ちかけた。こうしてサピエンスからベーシストが一人移動した。

そしてドラムの杉山はフォーティーファイブというハードコア系の大学生バンドに加入した。その経緯はカズノリと同じで、さらに実力、人気ともにサピエンスとは比べものにならないくらいほどレベルの高いバンドから誘いがあったのだから、サピエンスの中で最もプロ思考の杉山にとってもいい話だったのだろう。

そしてナオヤはボーカルの僕だけを残して新しいメンバーを探した。ドラムには青地高校の3個上の先輩でS☆GOという足立区でも伝説となっていた人気バンドの元ドラマーで、今はバンドを辞めてフラフラしていたオサダという人を口説き落としていて、オサダはすでに新生サピエンスへの加入が決まっていた。僕は中学生の時に地元のライブハウスを出入りしていて、そのときS☆GOのライブも何度か観ていたのでオサダのことは知っていた。

「ベースはどうすんの?」僕はナオヤに聞いた。「ベースはまだ決まっていない。候補はあるけど交渉中」「誰よ?」「俺の地元の先輩とか、あと、西高にもいいベースがいるんだ。」「じゃぁ、ベースが決まるまで練習もライブもなし?」「まぁ、正式メンバーは慎重に決めなきゃいけないけど、サポートだったらやってくれる人はいるよ」「あぁ、サポートねぇ・・・ねぇナオヤ、俺はただみんなで楽しくライブができればいいんだ。それにサポートも正式も関係ないと思うんだけど」「じゃぁ、まっすぅはメンバーは誰でもいいっていうの?」「こだわりはないよ。楽しくできれば」「じゃぁ、サポートは素人の女ベーシストだけど、いいよな?」「えぇ~、なんでそうなるの・・・、別に掛け持ちでやってくれる人くらいいくらでもいるだろ~。女はいいけど、素人じゃサポートにならないじゃないか、それで今までより楽しいライブができると思うのか、ナオヤは」「いや、むしろあの子が入ってくれれば今までにない雰囲気ができると思うよ」「それって俺、知ってる人?」「おう、むしろまっすぅの方がよく知ってるよ」「・・・?え?誰?」「ドナさん」「・・・は?」

次号、「第31話 夏の魔法」に続く・・・

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2006年11月 7日 (火)

第29話 横浜の夜、最後の夜

その日、横浜BBストリートでのライブイベント、1組目のヘビメタ風のバンドのギターは曲中にパフォーマンスなのか何なのか、アンプに蹴りをいれ、ドラムはシンバルスタンドをなぎ倒し、ボーカルはマイクをブンブン回し壁にゴツンゴツンあてていた。その日の夜はそんなバンドで幕を明けた。

そのバンドが2曲目を終えたときライブハウスのスタッフがステージに駆け寄り何やらバンドともめていた。「契約違反だ!注意事項読んでないのか!」スタッフのそんな怒鳴り声が聞こえてきた。「そんなもんいちいち読んでるバンドなんていねぇよ」その光景を見ていたナオヤがボソッと独り言をつぶやいていた。「やめさせるなー!続けろー!」オーディエンスの中の誰かがでかい声で言った。負けじとカズノリがドスのきいたあの太い声で言った「おい、ジミヘンなんかな、ギターに火つけて演奏すんだぞ!」ホールに笑いが起きた。オーディエンスはみんなバンドの中止に抗議していた。僕はおもしろくてそれをずっと見ていた。隣でビールを飲んでいたドナは興味なさそうな顔をして小さな声でこう言った「やるならやればいいのに、やらないならやめればいい」。スタッフとバンドのやり取りはしばらく続いた。

気付いたころには何故かホールに「ジ~ミ~ヘン!ハイっ!ジ~ミ~ヘン!」というジミヘンコールが自然発生していた。「アハハ!ジミヘンコールは違うだろ~」僕はそう言って笑いドナを見た。でもドナはイライラしているように見えた。ハプニングの張本人でもあるそのバンドのメンバーも突然の意味不明なジミヘンコールに困惑していた。ステージのボーカルマイクから「・・・じゃぁ、そういうことで」というメンバーの声が聞こえた。そしてスタッフがオーディエンスに向けて一言言った「え~、契約違反ということで、演奏は中止しま~す、すいませ~ん、次のバンドは準備お願いしま~す」いっせいに「ブーーーーー!!!」というありきたりなブーイングが起きた。客層は僕らと同年代の頭の悪そうな若者と、成り行きで来ちゃった感じのサラリーマン達と、ひょんな事からドナにチケットを買わされてしまった韓国人観光客の団体がいた。

ステージの上では威勢の良かったその1組目のバンドメンバーも、すっかりしょんぼりしていた。かわいそうに、この日の為にスタジオに通い一生懸命練習をしていただろう。でも、演奏中止に易々と同意したそのバンドはしょせん偽者ロックバンドということだ。機材損傷の代償金を見逃すか、代償金を払って演奏を続けるか、というライブハウス側の選択に、彼らは中止を決めてしまった。ロッンローラーなら借金をしてでもライブをやめてはいけない。僕はそう思った。

かわいそうなのは、2組目のバンドだ。予定より出演時間が早まるわ、会場は異様な空気になっているわで。そんな不幸な運命にステージにたたなきゃいけなくなったバンドは、僕らの後輩のガールズバンド「ポップコーンポップ」達だ。でも、逆に、ポップコーンポップが2組目で皆が救われた。殺気だった空気も彼女達がステージに上がると会場から「かわいい~!」という声が上がった。僕もナオヤもカズノリも杉山も先輩として鼻が高い思いだった。だって、自分達の後輩がこのホール中の空気を癒したのだもの。

ポップコーンポップのライブは本当にキュートだった。イチゴちゃんのかわいいシャウトに会場が盛り上がった。「お気に入りのポップコ~ン♪ピンク色のポップコ~ン」。イチゴちゃんの書く詩は実に奇妙だ。ナオヤと僕はコピーばかりしていた彼女達に「オリジナルをやれ」と彼女達の為に曲を提供していた。それにイチゴちゃんが詩を書いたのだが、イチゴちゃんの詩は「ミッキーマウスがツンツルテン」とか「少女がスイカになっちゃった」とかとにかくわけがわからないものばかりだが、それが彼女達のかわいさを際立てた。

ポップコーンポップの持ち時間の終了時間が迫る頃、僕らはステージ裏で出番の準備をしていた。ポップコーンポップの次の本日3組目が僕らザ・サピエンスだった。僕はいつものように体をくねくね動かし、緊張をコントロールしていた。ステージではポップコーンポップのライブが終わった。会場が拍手と歓声と口笛で彼女達を包んでいた。さぁ行こう、とした時にナオヤはカズノリと杉山に握手していた。何しているんだ?とうい顔で僕は3人を見た。するとカズノリと杉山も僕に握手をしようとしてきた。「今までありがとうな、まっすぅ!」カズノリがそう言った。「俺とカズノリは今日がサピエンス最後なんだ。目一杯やってやろうな」杉山がそう言った。「え?」僕はわけがわからずナオヤを見た。ナオヤは僕の顔をみて笑った。「だから、まっすぅには最後まで言うなって言ったんだよ。すぐ動揺すんだもん」そんな・・・なんでだよ・・・なんでカズノリと杉山は抜けちゃうんだ、なんでこんな時になってそんなこと言うんだよ・・・僕はナオヤの言うとおり動揺してしまっていた。

その日は本当にこのメンバーでやる最後のライブになった。事情はまだわからなかった。というよりも、理由なんて聞けなかった。ああだ、こうだ言っている時間などなく、僕らはポップコーンポップに続いてステージへすぐに上がっていった。その日のカズノリのベースも杉山のドラムもいつもよりも力が入っていて完璧だった。それはナオヤも僕も同じで、いつものライブよりも一曲一曲をかみ締めるように演った。

次号、「第30話 新たな機関車」に続く・・・

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