第29話 横浜の夜、最後の夜
その日、横浜BBストリートでのライブイベント、1組目のヘビメタ風のバンドのギターは曲中にパフォーマンスなのか何なのか、アンプに蹴りをいれ、ドラムはシンバルスタンドをなぎ倒し、ボーカルはマイクをブンブン回し壁にゴツンゴツンあてていた。その日の夜はそんなバンドで幕を明けた。
そのバンドが2曲目を終えたときライブハウスのスタッフがステージに駆け寄り何やらバンドともめていた。「契約違反だ!注意事項読んでないのか!」スタッフのそんな怒鳴り声が聞こえてきた。「そんなもんいちいち読んでるバンドなんていねぇよ」その光景を見ていたナオヤがボソッと独り言をつぶやいていた。「やめさせるなー!続けろー!」オーディエンスの中の誰かがでかい声で言った。負けじとカズノリがドスのきいたあの太い声で言った「おい、ジミヘンなんかな、ギターに火つけて演奏すんだぞ!」ホールに笑いが起きた。オーディエンスはみんなバンドの中止に抗議していた。僕はおもしろくてそれをずっと見ていた。隣でビールを飲んでいたドナは興味なさそうな顔をして小さな声でこう言った「やるならやればいいのに、やらないならやめればいい」。スタッフとバンドのやり取りはしばらく続いた。
気付いたころには何故かホールに「ジ~ミ~ヘン!ハイっ!ジ~ミ~ヘン!」というジミヘンコールが自然発生していた。「アハハ!ジミヘンコールは違うだろ~」僕はそう言って笑いドナを見た。でもドナはイライラしているように見えた。ハプニングの張本人でもあるそのバンドのメンバーも突然の意味不明なジミヘンコールに困惑していた。ステージのボーカルマイクから「・・・じゃぁ、そういうことで」というメンバーの声が聞こえた。そしてスタッフがオーディエンスに向けて一言言った「え~、契約違反ということで、演奏は中止しま~す、すいませ~ん、次のバンドは準備お願いしま~す」いっせいに「ブーーーーー!!!」というありきたりなブーイングが起きた。客層は僕らと同年代の頭の悪そうな若者と、成り行きで来ちゃった感じのサラリーマン達と、ひょんな事からドナにチケットを買わされてしまった韓国人観光客の団体がいた。
ステージの上では威勢の良かったその1組目のバンドメンバーも、すっかりしょんぼりしていた。かわいそうに、この日の為にスタジオに通い一生懸命練習をしていただろう。でも、演奏中止に易々と同意したそのバンドはしょせん偽者ロックバンドということだ。機材損傷の代償金を見逃すか、代償金を払って演奏を続けるか、というライブハウス側の選択に、彼らは中止を決めてしまった。ロッンローラーなら借金をしてでもライブをやめてはいけない。僕はそう思った。
かわいそうなのは、2組目のバンドだ。予定より出演時間が早まるわ、会場は異様な空気になっているわで。そんな不幸な運命にステージにたたなきゃいけなくなったバンドは、僕らの後輩のガールズバンド「ポップコーンポップ」達だ。でも、逆に、ポップコーンポップが2組目で皆が救われた。殺気だった空気も彼女達がステージに上がると会場から「かわいい~!」という声が上がった。僕もナオヤもカズノリも杉山も先輩として鼻が高い思いだった。だって、自分達の後輩がこのホール中の空気を癒したのだもの。
ポップコーンポップのライブは本当にキュートだった。イチゴちゃんのかわいいシャウトに会場が盛り上がった。「お気に入りのポップコ~ン♪ピンク色のポップコ~ン」。イチゴちゃんの書く詩は実に奇妙だ。ナオヤと僕はコピーばかりしていた彼女達に「オリジナルをやれ」と彼女達の為に曲を提供していた。それにイチゴちゃんが詩を書いたのだが、イチゴちゃんの詩は「ミッキーマウスがツンツルテン」とか「少女がスイカになっちゃった」とかとにかくわけがわからないものばかりだが、それが彼女達のかわいさを際立てた。
ポップコーンポップの持ち時間の終了時間が迫る頃、僕らはステージ裏で出番の準備をしていた。ポップコーンポップの次の本日3組目が僕らザ・サピエンスだった。僕はいつものように体をくねくね動かし、緊張をコントロールしていた。ステージではポップコーンポップのライブが終わった。会場が拍手と歓声と口笛で彼女達を包んでいた。さぁ行こう、とした時にナオヤはカズノリと杉山に握手していた。何しているんだ?とうい顔で僕は3人を見た。するとカズノリと杉山も僕に握手をしようとしてきた。「今までありがとうな、まっすぅ!」カズノリがそう言った。「俺とカズノリは今日がサピエンス最後なんだ。目一杯やってやろうな」杉山がそう言った。「え?」僕はわけがわからずナオヤを見た。ナオヤは僕の顔をみて笑った。「だから、まっすぅには最後まで言うなって言ったんだよ。すぐ動揺すんだもん」そんな・・・なんでだよ・・・なんでカズノリと杉山は抜けちゃうんだ、なんでこんな時になってそんなこと言うんだよ・・・僕はナオヤの言うとおり動揺してしまっていた。
その日は本当にこのメンバーでやる最後のライブになった。事情はまだわからなかった。というよりも、理由なんて聞けなかった。ああだ、こうだ言っている時間などなく、僕らはポップコーンポップに続いてステージへすぐに上がっていった。その日のカズノリのベースも杉山のドラムもいつもよりも力が入っていて完璧だった。それはナオヤも僕も同じで、いつものライブよりも一曲一曲をかみ締めるように演った。
次号、「第30話 新たな機関車」に続く・・・
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