第26話 メロンソーダの味
僕はドナの唇に触れそうになった。そして、まるで火に触れたかのように僕の身体が反応して瞬間的に顔を離した。とっさの事だった。ドナは驚いたような顔をしていた。何が起きたのかまだ頭が把握しきれてないときに人は、ああいう顔をする。それは僕も同じで、何が起きたのかわからず、やはり驚いた顔をしていただろう。その時、限りなく静止状態に近いスローモーションな時間を感じた。
なんてこった。
僕は自分の唇に冷たさと甘い香りを感じた。ドナの顔のギリギリのところで僕は離れたつもりだが、やっぱり唇に触れた感触がある。冷たさと甘さだ。それは氷の入ったメロンソーダの冷たさと甘さだ。ドナが飲んでいたメロンソーダの冷たさと甘さだ。ドナが飲んで、唇に濡れていたメロンソーダの冷たさと甘さだ。一瞬よりも短い時間、僕はドナにキスをしてしまったのだ。「キャー変態!なにすんだよ!きもちわりぃ!調子のんなよ!クソガキが!イゴチョッパリガ(クソ日本人め)!死ね!ペッペ、あぁきたねぇ!クソ日本人め(イゴチョッパリガ)!ペッペッ」と言われるかと思ったが、ドナはそんなこと言わなかった。とんだ事故の被害者ドナは、ただでさえ大きなその目を、さらに大きくし「・・・ノラスムニダ・・・びっくりした」と呟いた。僕は下を向きながら、小さな声で言った「あの・・ごめん。間違えて(何を間違えたんだ?)・・ってか違くてさ(なにが違うんだ)違うって言うか、なんていうか、ドナの顔に何か付いてて、気になってよく見たくて(苦しい、苦しすぎる、そんな言い訳は)というのはもちろん冗談で(何言ってるんだ、俺)歌のパフォーマンスっていうか(そんなパフォーマンス聞いたことない)、ほら、ヨーロッパ風の挨拶っていうか(ここは日本で、俺は日本人だ)、まぁ、簡単に言うとドッキリみたいなもんで(あぁ、もう何言ってるんだ俺、だ~いせいこ~とでもやればいいのか?)あ、おいしそうなメロンソーダだ(関係ないこと言っちゃった)俺はコーラが好きだよ(今、関係ないだろが!)そうさ!(やばい、俺が暴走してる)俺は、お前の口に付いたメロンソーダがどんな味かと思ったのさ!(キマった)」いや、ちっともキマってなんてかいない。カラオケのマイクを片手に立っているんだか座っているんだかよくわからい体勢で僕は惨めな生き物と化していた。ドナはメロンソーダをまた一口飲んで、クスっと笑って、その笑顔のままで何も言わない。思わず僕もコーラを飲んで、「まぁ、その・・」と僕はまた喋りだした。スピーカーからは「キスして欲しい」のカラオケが虚しく流れっぱなしになっている。エアコンがあまり効いていないのか、部屋中が暑い。「まぁ、その・・、あれだよ・・・落ち着こう(俺がな)とりあえず冷静に(俺がな)・・俺は決して・・・どう言えばいいのかな・・・俺は決してそういうつもりでね・・そういうつもりっていうのは、なんて言うか・・(もう諦めようぜ、俺、何言ってもかっこわるいよ)いやいや、ドナさん、笑ってないで、何か言ってくれよ・・・いや、言わなくていいんだが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(え?)・・・・・・・・・・・・・・(何で?何で?何が起きた?)・・・・・」その時、自分に何が起きたのかわからなかった。僕のほっぺを包むように手が伸びてきて、その手に顔を抑えられたまま、僕の前にドナの顔がある、氷の冷たさ、メロンソーダの甘さ。僕とドナの唇がくっついていた。なんてこったパート2。僕はドナにキスをされた。事故なんかじゃない、あきらかな彼女の故意のキスだ。(でも何でこんなことが起きているのだ?僕をからかっているのか?何か言ってくれ、いや、言わないでいい・・・このままでいてくれ・・・)また時間がスローモーションになった。ドナからのキスも一瞬だった。でも永遠だった。スピーカーでは「キスして欲しい」がまだ流れている。最後のほう、「オーイエーイ」というカラオケのバックコーラスが聞こえた。よくわからないが、そこだけ僕は心の中で歌った「オーイエーイ」と。
ドナは顔を離してから、目を細めて、微笑んでいた。そして、小さな声で「しかえし」と言った。
「ドナ・・・・メロンソーダをありがとう」「・・・コーラをカムサムニダ」
次号、「第27話 不思議な予感」に続く・・・
| 固定リンク

コメント