第5話 華麗なる蝶
あの日の初練習から1週間がたとうとしていた。初練習はコピー曲をやり、バンドとしての感触を確かめる為のものだったが、僕にとっては、あの短い時間が、これからの人生の全てだったように思える。
初練習から1週間後の日、この日はナオヤと僕が、それぞれ作ってきた楽曲を披露する事になっていた。ナオヤは中学の頃からやっているバンドで、その全ての曲を作っている。僕はというと、今までバンドをやったことがなかったが、一人で曲を作ったりしていて、小学、中学と詩を書いていて、毎年、区から表彰されるほどの詩人だったので、作詞にも自信があった。初練習の日、「俺も曲を作ってくる」と宣言していた。が、いざ、バンドでやる曲を作るとなると大変だった。煮詰まれば煮詰まるほど、メロディーが浮かんでこなくなり、結局曲ができたのは、楽曲を披露する当日の朝だった。できなければできなかったと素直に言えばよかったのだが、それが悔しくて、徹夜してしまったのだ。
ナオヤの作ってきた曲は「ディスティネーション」というタイトルで、シンプルなブルーハーツを思わせるコード進行な曲だった。ギターで曲の流れをシンプルに弾きながら、「ウガウガ」とでたらめな言葉を発しながらメロディーを歌うという披露の仕方だった。曲の流れを掴むと、杉山がドラムを自然とたたき出し、カズノリも、「わかった」という感じでベースを弾きだす。シンプルにコードだけを弾いていたナオヤも演奏用のギターを弾き出す。そして最後に、「ウガウガ」と歌っていたメロディーを、ナオヤがメモ用紙に書いてきた、手書きの歌詞を見ながら、ちゃんとした歌詞で歌いだす。
何度も、何度も辞めることなく、皆がその曲を演奏する、すると気づいた時には、自然とそれが、一つのロックンロールに化けていった。毛虫がサナギを作り、急速に立派で、華麗な蝶へと変身するような、一連のドラマのように曲は出来上がっていたのだ。ナオヤの「ウガウガ」とコードだけのギターから、爆発しそうなロックンロールへと化ける瞬間を、初めてこの時味わった。
僕が一夜漬けで作った曲は「ウエスタン狼」というタイトルだった。ナオヤを真似て、部室にあった安っぽいギターで、シンプルにコードだけ弾き、「ウガウガ」とメロディーを乗せて歌った。そこに、ドラム、ベース、ギターという順番で演奏が加わった。演奏が加わると、僕は部室のギターを置き、歌詞を歌った。毛虫がサナギを作り、華麗な蝶へと変身する瞬間、出てきたのは蝶ではなく、蛾に見えた。
バンドでやってみて僕の作った曲には何かが足りないように感じた。きっと、ナオヤもカズノリもそう感じたのではないだろうか。ドラムの杉山だけが「二人ともかっこいいな!俺、ヘビメタバンドやめて、サピエンス1本でやるよ!」と興奮気味に言っていたが、僕は自分の作った曲に納得していなかった。
家に帰って、僕は一人「ナオヤの曲にあって、僕の曲にない、何かとは何だったんだろうか」とずっと考えていた。意識して、ロックンロールっぽい曲を作ったつもりだった・・、そう思った瞬間に、あの曲には「何かが足りない」ではなくて、「何かが余計」だったのだと気づいた。それは「ロックンロールっぽい」の「ぽい」だった。「男っぽい人」は男でなく女だ。「ロックンロールっぽい曲」はロックンロールではない。「ウエスタン狼」という曲は、必死になってロックンロールっぽさを捜していた時にできた曲だった。「自分は小学生の頃からロックンロールにとりつかれ、身体中にロックンロールが染み付いているはずだ、だから何も探さず、何も考えずにただ頭に流れるメロディーを待てばいいのだ」そう気づいたときに、頭の中に稲妻が走るように、メロディーと歌詞が同時に浮かんだ。
「この前の俺が作った曲は忘れて。ナオヤの曲はよかった。あれはやっていこう」 3度目のバンド練習の時に、僕はみんなにそう言った。この日も、僕とナオヤが作った曲を披露する日だったが、僕はこの前作った「ウエスタン狼」を無しにする変わりで2曲作ってきていた。一つはバンド名でもある「ザ・サピエンス」というタイトルで、もうひとつは「ロックンロールスター」というタイトルだった。ナオヤの作ってきた曲は「ロックスター」というタイトルだった。僕もナオヤも同じようなタイトルの曲を作ってきたことに不思議で神秘的なシンクロニシティーを感じた。僕が意識を捨て、無心の中作った「ザ・サピエンス」と「ロックンロールスター」には、「ウエスタン狼」の時のような違和感はなく、蛾ではなく華麗なる蝶になってくれた。ナオヤとカズノリもこの曲の出来に驚き満足してくれたが、何よりも僕自身がその出来に驚いた。どんなに上手く絵が描けたときよりも、どんなに速いタイムで走れたときにも味わったことのない快感だった。ナオヤの作った「ロックスター」も「Oh!Destinatio」に負けないくらいにカッコイイ曲だった。
3度目の練習にして、最高のオリジナルが4曲もできたのだ。しかし、これはまだ、単なる初期衝動で、ライブを重ね、成長するにつれてこれらの初期衝動を軽く飛び越えるほどの最高の曲もできていったのだ。こんなカッコイイバンドは足立区中探しても他にはなかった。
次号、「第6話 ダンデライアン」に続く・・・
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